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名古屋地方裁判所 平成元年(ワ)754号 判決

原告(反訴被告) 愛知県信用保証協会

右代表者理事 新美富太郎

右訴訟代理人弁護士 鈴木匡

同 大場民男

同 吉田徹

同 鈴木雅雄

同 中村貴之

右大場訴訟復代理人弁護士 堀口久

被告(反訴原告) 田中光男

右訴訟代理人弁護士 伊藤宏行

右訴訟復代理人弁護士 岩田宗之

主文

一、被告(反訴原告)は原告(反訴被告)に対し、金六七〇万九八二〇円及びこれに対する昭和五九年三月二〇日から支払済みまで年一四・六パーセントの割合による金員を支払え。

二、被告(反訴原告)の反訴請求を棄却する。

三、訴訟費用は、本訴、反訴を通じて、被告(反訴原告)の負担とする。

四、この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実

第一、当事者の求めた裁判

Ⅰ  本訴事件について

一、請求の趣旨

1. 主文一項同旨

2. 訴訟費用は被告(反訴原告-以下、単に「被告」という。)の負担とする。

3. 仮執行宣言

二、請求の趣旨に対する答弁

1. 原告(反訴被告-以下、単に「原告」という。)の請求を棄却する。

2. 訴訟費用は原告の負担とする。

Ⅱ  反訴事件について

一、請求の趣旨

1. 原告は、被告に対し、金一〇〇万円及び内金二〇万円に対する平成元年五月一二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2. 訴訟費用は原告の負担とする。

3. 仮執行宣言

二、請求の趣旨に対する答弁

1. 主文二項同旨

2. 訴訟費用は被告の負担とする。

第二、当事者の主張

Ⅰ  本訴事件について

一、主位的請求原因

1. 原告は、中小企業者が銀行その他の金融機関から資金の貸付、手形の割引又は給付を受けること等により金融機関に対して負担する債務の保証をすることを業務とする。

2. 被告は、訴外株式会社三重銀行瑞穂支店(以下「三重銀行」という。)から金銭を借用するに先立ち、昭和五八年六月一四日、次の約定で原告に信用保証を委託した。

(一) 被告が借入金債務の全部又は一部を履行しなかったときは、原告は被告に対して通知催告なくして残元本債務及び利息を代位弁済できる。

(二) 原告が代位弁済したときは、被告は原告に対し代位弁済金額及びこれに対する代位弁済の日の翌日から年一四・六パーセントの割合による遅延損害金を支払う。

3. 原告は、同日、被告の三重銀行に対する借入金債務の保証をした。

4. 被告は、三重銀行から、同月一七日、金七〇〇万円を年利六・六パーセントで借り受けた。

5. 被告は、元本債務金六五三万二〇〇〇円及びこれに対する利息一七万七八二六円の支払いをしなかった。

6. 原告は、三重銀行に対し、昭和五九年三月一九日、本件保証債務の履行として前項の各金員を代位弁済した。

7. よって、原告は、被告に対し、求償金請求権に基づき、金六七〇万九八二〇円(代位弁済金のうち金六円は代位弁済当日に被告から弁済を受けた。)及びこれに対する右代位弁済の翌日である昭和五九年三月二〇日から支払済みまで年一四・六パーセントの割合による約定遅延損害金の支払いを求める。

二、予備的請求原因(名板貸し)

1. 被告は、昭和五六年ころ、被告の氏名を使用して産業廃棄物処理業をなすことを訴外古賀冨士男(以下「古賀」という。)に許諾していた。

(一) 被告は、古賀が産業廃棄物処理業許可申請をするにあたり、自己名義で申請することを許諾した。

(二) 被告は、古賀がダイエーサービスの代表者に被告名義を使用して産業廃棄物処理業を行うことを許諾していた。

2. 本件金銭消費貸借及び信用保証委託の各契約は、古賀が産業廃棄物処理業の業務に必要なトラックを購入する資金を借り入れるために被告名義で締結した。

3. 原告は、被告が契約当事者であると誤信して、各契約を締結した。

4. 主位的請求原因1ないし6同旨。

5. よって、原告は、被告に対し、前記金六七〇万九八二〇円及びこれに対する前記昭和五九年三月二〇日から支払済みまで年一四・六パーセントの割合による約定遅延損害金の支払いを求める。

三、主位的請求原因に対する認否

主位的請求原因1の事実は認め、同6の事実は不知、その余の事実は、否認する。

被告は、原告との間において信用保証委託契約を結んだことはないし、三重銀行と金銭消費貸借契約を結んだこともない。被告は、各契約に何ら関与しておらず、原告との間の信用保証委託契約書に署名捺印をした事実はないし、同契約に押捺されている印影は被告の印鑑によるものではない。

四、予備的請求原因に対する認否等

主位的請求原因1、6の事実に対応する事実についての認否は前記のとおり。その余の予備的請求原因事実は否認する。

なお、予備的請求原因は、時機に遅れた攻撃防御方法として却下されるべきである。

五、仮定的抗弁(予備的請求原因に対して)

原告が被告をダイエーサービスの営業主と誤認したことについては、原告に過失がある。

六、仮定的抗弁に対する認否

否認する。

Ⅱ  反訴事件について

一、請求原因

1. 原告は、被告を相手方として、名古屋地方裁判所に対し、本件本訴請求事件を提起した。

2. 被告は、三重銀行と金銭消費貸借を締結したことも、原告とその主張に係る契約(以下「本件契約」という。)を締結したこともない。

3. 原告は、三重銀行に対し、本件契約に先立ち、本件契約締結に関して代理権を授与した。

4.(一) 本件契約締結に当たり、三重銀行の本件担当者である訴外村田正文(以下「村田」という。)は、契約申込者から免許証の提示を求めるなどすれば、その場で被告が契約当事者でないことを容易に確認できたにもかかわらずこれを怠り、被告が相手方であると誤信したものである。

(二) 本件契約に先立ち、被告名義の三重銀行に対する貸金債務について、訴外株式会社中日本クレジット・サービス(以下「中日本クレジット」という。)は被告名義で信用保証委託契約を締結していたところ、昭和五八年一一月の中日本クレジットの被告に対する求償金請求に対し、被告は右金銭消費貸借及び信用保証委託各契約には、一切関与していない旨、三重銀行に対して通知し、村田は右金銭消費貸借契約を締結した相手方は被告ではない旨確認した。この際に、被告は、三重銀行に対し、本件契約についても一切関与していない旨申し述べ、事実関係を調査するよう通告した。

したがって、本件契約締結に関して、原告の代理人であった三重銀行は、被告との間で本件契約が成立していない恐れがあることを原告に告知すべき義務があるにもかかわらずこれを怠り、昭和五九年三月一九日、原告は、漫然三重銀行に対して代位弁済をしたものである。

(三) 本件訴訟は、原告が関係資料の十分な検討及び関係者の十分な事情聴取により、勝訴の見込みがないことが容易に知りえたにもかかわらず、これを怠り、漫然提起したものである。

5. 被告は、弁護士伊藤宏行に対し、平成元年五月一一日、本件訴訟の委任をし、同日及び同年六月一一日に各金二〇万円、本件訴訟につき被告の勝訴が確定した場合に金六〇万円の各金員を支払う旨約した。

6. よって、被告は、原告に対し、損害賠償請求権に基づき、金一〇〇万円及び内金二〇万円に対する不法行為後である平成元年五月一二日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

二、請求原因に対する認否

1. 請求原因1の事実は認める。

2. 同2の事実は否認する。

3. 同3の事実は認める。

4.(一) 同4(一)の事実は争う。

(二) 同4(二)の事実のうち、原告が三重銀行に対して代位弁済したのが昭和五九年三月一九日であることは認め、その余は不知ないし争う。

(三) 同4(三)の事実は否認する。

5. 同5の事実は不知。

第三、証拠〈省略〉

理由

一、本訴事件について

1. 主位的請求原因1の事実は当事者間に争いがない。

2. 請求原因5及び6の各事実は、証人高橋明の証言とこれにより真正に成立したものと認められる甲第二号証、第五号証により認められる。

3. 請求原因2の事実について、これを証する書証として信用保証委託契約書(甲第一号証-以下「本件契約書」という。)があるが、被告は、本件契約書の被告作成名義部分の成立を争い、その署名捺印及び名下の印影を否認しているので、この点につき判断する。

(一)  成立に争いのない乙第六号証の被告の署名が自署によるものであることは当事者間で争いがないので、この署名と本件契約書の被告の署名とを対比すると、本件契約書の筆跡が被告の筆跡であるとは肯認できず、かえって証人古賀冨士男の証言及び被告本人尋問の結果によれば、本件契約書の被告の氏名及び住所は古賀が書いたものであり、被告名下の捺印は古賀によって押捺されたものであることが認められる。

(二)  成立に争いのない甲第四号証によれば、本件契約書の被告名下の印影は、被告名義で印鑑登録(以下「本件印鑑登録」という。)された印鑑(以下「本件印鑑」という。)によって顕出された印影であることが認められる。

被告は、自分の意思で本件印鑑登録をしたことがない旨主張しているので、この点につき判断する。

(1)  成立に争いのない乙第二ないし第四号証によれば、昭和五六年七月一日に本件印鑑の印鑑登録がなされたが、昭和五九年二月二四日には亡失届がなされていることが認められる。

(2)  証人古賀冨士男の証言によれば、本件印鑑の作成、本件印鑑登録手続及び本件印鑑の印鑑登録手帳の受領は、いずれも古賀が行ったことが認められる。

(3)  前掲乙第六号証の被告の氏名の記載と甲第二〇号証の被告の氏名の記載とを対比すると、その筆跡は同一であることが肯認できるので真正に成立したものと推定される甲第二〇号証(被告作成名義部分を除く、その余の作成名義部分については、当事者間で成立に争いがない。)及び弁論の全趣旨により同号証に添付されこれと一体となる文書であることが認められるから真正に成立したものと推定される甲第二一号証によれば、昭和五六年一一月二四日作成の産業廃棄物処理業許可申請書及び収集運搬作業計画書に被告の自署とその名下には本件印鑑が押されていることが認められる。

(4)  成立に争いのない甲第二三号証、第三〇号証によれば、名古屋四六つ六二七九の自動車及び宮崎四四ち七八七一の各自動車につき、昭和五六年一〇月九日にいずれも所有者を被告とする所有者登録が各々なされていることが認められる。

そして、弁論の全趣旨により前掲甲第二〇号証に添付されこれと一体となる文書であることが認められるから真正に成立したものと推定される甲第二二号証によれば、名古屋四六つ六二七九の前記自動車は、昭和五六年一一月二四日付けの被告名義の産業廃棄物処理業許可申請において、収集・運搬に供用する車両として申請されていることが認められる。

(5)  原告の存在とその成立に争いのない甲第一〇号証、前掲甲第二〇号証、自署であることは当事者間に争いがない乙第六号証の被告の署名とを対比すると、その筆跡が被告の筆跡であることが肯認できるので真正に成立したものと推定される甲第二六号証、証人牧野学の証言並びに被告本人尋問の結果によれば、被告は、前記産業廃棄物処理業許可が被告自身の名義をもってなされていたことを知っていたことが認められる。

(6)  前掲甲第四号証、成立に争いのない甲第一三ないし甲第一五号証、証人古賀冨士男の証言及び被告本人尋問の結果によれば、被告は、本件印鑑登録がなされた昭和五六年七月一日当時、登録住所である名古屋市南区東又兵ヱ町三丁目四番地の五所在の弥生荘(以下「弥生荘」という。)に古賀と同居していたことが認められる。

(7)  以上の各事実を総合すると、本件印鑑登録は、被告本人がその手続をしたことは認められないものの、本件印鑑が、登録後に被告を申請者とする産業廃棄物処理業許可関係の各書類に使用されていること、被告を申請者とする右許可申請がなされていることにつき被告にその認識があったこと、本件印鑑登録手続を行った古賀は、当時被告と同居していたことが認められ、これによれば、本件印鑑登録は被告の意思に基づきなされたものと推認され、証人牧野学の証言、被告本人尋問の結果中の右認定に反する部分は信用できない。

(三)  次に、本件契約書の被告の署名及びその名下の印影が被告の意思に基づく押捺によって顕出されたものか否かについて判断する。

(1)  被告本人尋問中には、本件契約時に被告は三重銀行には行っていない旨の供述があるが、証人山根義昭及び証人古賀冨士男は、被告が本件契約書作成時に同席していたと証言し、証人高橋明は、本件契約時には三ないし四人が三重銀行に来店したと証言していることからすれば、本件契約時に被告が三重銀行に行っていないとする被告本人の右供述部分はたやすく信用できない。

(2)  原告従業員高橋明(以下「高橋」という。)による実態調査について、前掲甲第一三ないし甲第一五号証、証人高橋明の証言により真正に成立したものと認められる甲第七号証、同証人及び証人古賀冨士男の各証言並びに被告本人尋問の結果によれば、次の事実が認められる。

① 高橋は、被告名義による本件の信用保証委託の申込みがあったことから、本業の内容を把握するため、実態調査をし、実態調査書(甲第七号証)を作成したこと。

② 右実態調査書の記載事項は、弥生荘において田中光男本人と称する人物から聞き取った事項であること。

③ 右記載事項のうち、被告の本籍及び子供の年齢は正確であること。

④ 被告は、これまで古賀に履歴書を提出したことはなく、古賀は、被告の本籍を「知多郡南知多町内海字楠」であると誤認していること。

⑤ 本件契約の申込みがあった当時、被告の住民票上の住所は、弥生荘であったこと。

以上の事実が認められることから、高橋が実態調査を行った相手は被告であると推認でき、被告本人尋問の結果中、右認定に反する部分は信用することができない。

(3)  被告が、ダイエーサービス及び株式会社ダイエーサービスの営業資金調達のために本件契約を締結する動機の有無について考える。

前掲甲第七号証、被告本人尋問の結果により真正に成立したものと認められる甲第一一号証、弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる甲第一二号証の一及び証人古賀冨士男の証言により真正に成立したものと認められる甲第一二号証の二、成立に争いのない甲第一七号証、甲第三二、第三三号証、証人牧野学の証言により真正に成立したものと認められる乙第一六、第一七号証並びに証人山根義昭、同高橋明、同牧野学、同古賀冨士男の各証言及び被告本人尋問の結果によれば、本件信用保証委託は、資金使途をダイエーサービスの商号でなされている被告名義の事業のためキャンターダンプ二トン車及び三菱四トン(アームロール)車の購入を目的とするものとして申し込まれたこと、借入金七〇〇万円のうち約一〇〇万円は、その後昭和五八年五月に設立された株式会社ダイエーサービスの運転資金として使われていること、ダイエーサービス名義で事業がなされていたころの広告には、被告がその代表者として印刷されており、被告もその旨認識があったこと、株式会社ダイエーサービスについては、その設立の際、本件契約において連帯保証人となっている山根義昭が代表取締役、被告が取締役に各選任され、その旨の登記がされていること、訴外中川産業株式会社、株式会社ダイエーサービスが手形債務者となっている手形(金額一〇〇万円のもの三通)を割り引き、同社に対し債権を有していたが、その際、同社から訴外中川産業株式会社が担保として提供された自動車二台のうち、三菱キャンターダンプ二トン車は被告名義、三菱ユニック付四トン車は株式会社ダイエーサービス名義だったこと、古賀が設立し、被告も勤務していた株式会社知多総合食肉流通センターについて、被告が昭和五四年一一月以降取締役となっており、一時は代表取締役もしていたこと、その後、被告が右代表取締役とされることを拒否したことから、代表取締役は辞任したが、引き続き取締役には選任されていたことが認められる。

これらの事実を総合すれば、被告は、個人企業であったダイエーサービス及び株式会社ダイエーサービスの経営につき、少なくとも対外的には経営者として表示され、被告もその旨認識していたと認められるから、ダイエーサービス及び株式会社ダイエーサービスの経営資金調達のために、被告が本件契約を締結することは十分考え得る事態であり、したがって、被告には本件契約を締結する動機があったものと推認される。

(4)  以上の事実を総合すると、本件契約書中の署名等は被告の自署によるものでないが、被告は、本件契約に当たり、契約意思をもって古賀に自己の氏名の記載及び自己の印鑑の押捺につき各権限を授与したものと認めることができ、本件契約書の被告の署名及び捺印は、被告の意思に基づき、古賀がこれをなしたものと認められる。

(四)  したがって、甲第一号証の被告作成部分について、その成立の真正を認めることができ、これによれば、原・被告間において、本件信用保証委託契約が成立したことが認められる。

4. 請求原因3及び4の各事実は、前掲甲第一号証、前項判示と同様の理由により被告作成部分につき真正に成立したものと認められる甲第三号証、甲第六号証及び証人高橋明の証言によって認めることができる。

二、反訴事件について

請求原因2の事実に対する判断は、本訴の主位的請求原因2ないし4に対する判断と同一であり、被告主張の事実を認めるに足りる証拠はない。

したがって、その余の事実を判断するまでもなく、被告の反訴請求は理由がない。

三、結論

よって、本訴事件について、原告の主位的請求は理由があるからこれを認容し、反訴事件について、被告の請求は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、仮執行宣言につき同法一九六条を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 大橋英夫 裁判官 北澤章功 入江秀子)

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